21 Lessons for the 21st Century

「21 Lessons for the 21st Century」 Yuval Noah Harari著

世界的ベストセラーとなった「サピエンス全史」、「ホモデウス」に続いて2018年8月にこの本が発売されました。

邦訳されるのは2019年11月予定ですが、英語で読める人は読んでみることをおすすめします。

この本は、21世紀にまつわる21個の問題についての主張を述べたものであり政治、経済、宗教、テクノロジーなど多岐に渡って議論を展開しており、この時代に私達がどう問題に向き合っていけばいいのかのヒントを与えてくれると思います。

Chapter 1: Disillusionment

人間は事実、数字よりも物語を介して物事を思考しており、それもその物語が単純であればあるほど好まれます。

歴史を通して、人間は様々な物語を構築してきました。

宗教、資本主義、自由主義、民主主義、人権など挙げていけばきりがありません。

これらの物語を信仰することで人間は人生に意義を見出せたり、多数の人間での大規模な協力を可能にしたのです。

しかし、21世紀になって既存の物語が通用しなくなってきました。

資本主義は大きな格差を生み出し、民主主義は多くの場合ポピュリズムに陥りました。

宗教はもはや私達に生きる意味をあたえてくれませんし、むしろ宗教対立やテロリズムが顕在化しています。

21世紀に生きる私達が、どこか未来に希望が持てないように感じているのは既存の物語が通用しなくなり、世界が複雑すぎて理解が追いつかなくなったからです。

この時代において人々が納得する物語を構築するためには二つの革命、つまり情報工学、バイオテクノロジーに対する一定の答えを出さなければならないと筆者は主張しています。

確かにAIやアルゴリズムによって人間はどのように変化するかは未知数であり、バイオテクノロジーもまた、人間の遺伝子をいじれるようになった今人間にどのように影響を与えるかは予測不可能です。

21世紀に生きる私達が、「幻滅」してしまわないためには、この二つの革命を理解しなければなりません。

この問題を身近なものにするために、次章では「仕事」をもとに私達がどのように生きていけばよいかを考察します。

Chapter 2: Work

ここ数十年で脳神経学や行動経済学は人間の意思決定のプロセスについて明らかにしてきました。

そこで明らかになったのは、人間の直感は単なるパターン認識の結果であり完璧とはほど遠く、本能に左右されるなどして愚かな過ちを犯すということです。

つまり、今までは直感や個人の判断の裁量が大きいと思われていた職業、例えば投資家、弁護士、運転手などの仕事は多くの場合、パターン認識に長けたAIなどに取って代わられるということです。

この例から分かる通り、AIそれ自体が職を奪うのではありません。

生物学者人間について明らかにし、そのデータをAIなどに学習させることによって初めて人間の仕事がAIに取って代わられるのです。

また、AIは人間にない二つのスキルである更新性、接続性を持っています。

要するにAIはデータを常に最新に更新し、それをインターネットにつながっている機械同士で共有できるということです。

幸か不幸か、このスキルを用いれば医者のように高度な教育が必要な職も奪われます。

医者は世界中の患者のカルテはおろか、院内の患者の症状すらすべて把握していません。

それに対して、AIは世界中の症例から患者に合わせて最適な治療法を導き出すことができ、その結果を常に他の機械と共有することができます。

従来は安泰だと思われていた職も安心はできないことがわかったと思います。

それでは、一体どういった職が生き残るのでしょうか?

筆者は、人間がAIに勝るのではなく、AIと協力する方向に職業も転換すると述べています。

しかし、そこには大きな問題が存在します。

それは、高度な専門的知識が必要になり、それについてこれない人がいわば「無用者階級」に陥るということです

今の世界を見ても、AIはおろかスマホやPCがどのようにして動いているのか分かる人は少数派でしょう。

多くの無用者階級を抱えれば、当然彼らの生活のために基本的なニーズを満たす必要があります。

ここで考えられるのは、ユニバーサルベーシックインカム、もしくはユニバーサルベーシックサービスです。

前者は資本主義者、後者は共産主義者の理想と言えます。

しかし、ここにも問題が生じます。

それはどういった基準でユニバーサルとするか、そして何を基準にベーシックとするかというものです。

例えば本社がアメリカにあるグーグルのような企業に雇われている外国の労働者は、アメリカの国民の税金から収入を得ることは許されるのかという問題、また、生活のためにどの水準まで収入を与えるかという問題があります。

人間は生活に慣れてしまえば、さらに上の生活水準そ求めるようになるでしょう。

これらの問題を本当に解決するためには、個人にとって意義あるものを追求することに対するサポートが必要だと筆者は述べています。

例えば、スポーツや宗教を信仰することなどが考えられます。

つまり、ユニバーサルベーシックインカムを達成するには金銭的な面だけではなく、個人の人生に意義を与える何かを提供しなければならないということです。

なんにせよ、職が奪われても私達が貧困にあえぐといった未来は来ないように思えます。

むしろ、問題は職を奪われることよりも世界の主権をアルゴリズムに奪われることだと筆者は述べています。