雇用・利子および貨幣の一般理論

「雇用・利子及び貨幣の一般理論」ジョン・メイナード・ケインズ著 

1924年10月24日、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落しました。

これが世界恐慌の始まりです。

これにより、アメリカでは失業者が1000万人を超え、イギリスでも100万人を下らない状況が何年も続いていました。

アダム・スミス以来の古典派経済学では不況に対処する方法は示されておらず、自由放任主義のまま時が解決するのを待つしか手はありませんでした。

そんな中でジョン・メイナード・ケインズはこの問題を解決するために新たな経済理論を打ち立てることに尽力しました。

今でもすべての不況による問題が解決されたとは言い難いですが、彼の理論を学ぶことは不況や失業問題を考えるためのヒントになると思います。

古典派経済学が抱える問題

「失業者」と聞くと働きたくても働けない人のことをイメージすると思いますが、それまでの経済学にはそのような定義はありませんでした。

失業者として定義されるのは、自発的失業者(よりよい労働条件が得られるまで働かない人)、摩擦的失業者(新しい職場で働くまで仕事をしていない状態、または技術の研修期間)のみでした。

つまり、当時の経済学は多くの非自発的失業者を目の前にしてそのようなものは存在しないと主張する、机上の空論だったわけです。

そのため、世界恐慌時の失業問題に対処することができませんでした。

一応、当時も失業問題を解決する方法は提案されていました。

それは「労働者の賃金を減らす」というものです。

賃金は労働時間に応じて得られます。

そして、得たお金で相応のモノを買うということは労働時間とモノを交換しているに等しいと考えられます。

時給1000円で5時間働いて、5000円の焼肉を食べれば、あなたの5時間が美味しいお肉に変わったということです。

そして大恐慌時にはモノが余ってしまい、売り切るために物価が下落した状態です。

要するに、5000円の焼肉が4000円で食べれるようになるということです。

そう見ると、労働者に余裕ができていいことのように見えますが、企業側からすると賃金を支払い過ぎているということになります。

そのため、物価と賃金が釣り合う水準まで賃金を下げれば、個々の労働者の労働時間が減り、生産量を減らしたくない企業側は多くの人を雇って生産量を補い、失業問題が解決するということです。

古典派経済学の主張としては賃金が減ったとしても、買えるモノの数に変わりはなく(例:時給1000円で5000円の焼肉を食べるのと時給800円で4000円の焼肉を食べるのにかかる労働時間は同じ)個々の労働時間も減り、雇用も増えるため、労働者を説得し賃金カットをするよう求めます。

ここまで読んで、あなたが労働者なら賃金カットに応じますか?

僕は応じないと思います。

労働者は物価と賃金の関係性など考えていないのです。

そもそも、企業が賃金を減らすために労働時間を減らすシステムをとることはありませんし、それどころか賃金を減らし、雇用も減らし、労働時間はそのままにして労働者を搾取する企業も現れます(今はブラック企業と呼ばれる)。

また、賃金を減らされた労働者は節約をするようになり、消費が冷え込みます。

そうすると、企業の売上が落ち込みコストカットのために人件費が削られ、労働者が犠牲になるという悪循環に陥ります。

結局、古典派経済学の理論は実際の労働者の心理や社会の実情を捉えていない空虚なものだと言えます。

完全雇用を達成するには

失業者をなくすためにはどうすればいいのでしょうか?

ケインズは「利子率を下げるべきだ」と主張します。

ここで、一旦、状況を整理したいと思います。

不況下では、供給過剰でものの値段が下がります。

このデフレを解消するためには、社会の有効需要を増加させなければなりません。

有効需要を増加させる」とは簡単に言えば、みんながお金をたくさん使える状態を作るということです。

社会全体でたくさんお金を使える状態をつくるためには、社会全体の総和であるGDPを増やす必要があります。

GDPを増やすには、投資を増やす必要があります。

ここで言う投資とは主に企業の生産力を上げる設備投資をイメージしてもらうと良いです。

どんどん生産して売れれば景気が良くなるのは想像に難くないと思います。

それでは投資を増やすためにはどうすればよいのでしょうか?

ここで登場するのが「利子率」です。

企業が投資をするためには自己資金だけでは不十分で銀行にお金を借りる必要があります。

銀行からお金を借りると利子がつけられるわけですが、利子をたくさんつけられると返済に苦労するため投資は減ります。

つまり、利子率が高いと企業は投資を減らすため、景気が停滞するのです。

利子率が下がり、景気が良くなれば企業も人を雇う余裕がでてくると考えられます。

ここまで読めば利子率を下げるというケインズの主張は一定の説得力があるとわかります。

お金の性質

ここでお金と利子について考えてみましょう。

なぜ人々は利子もつかないのにお金を手元においておきたがるのでしょうか?

それにはお金の性質に関わる3つの動機から答えることができます。

  • 取引動機

モノ・サービスの規則的な購入のため

  • 予備的動機

モノ・サービスなどの予見されない購入のため

  • 投機的動機

債券価格が将来下落しそう(損しそう)だから危険な資産(債権)ではなく金銭を保有しておきたいため

これらは流動性選好と呼ばれ、要するに人々がお金の利便性を好むということ、そして便利故にお金を手放せないということです。

利子率を下げるためには

利子率を下げるためにはお金の需要と供給がとても重要だとケインズは主張します。

お金の需要量とは簡単に言えば、債権(企業や国が資金を得るために発行するもの、利子付き)を売ってお金を持ちたがる人の量、お金の供給量とは債権を買ってお金を市場に供給する人の量です。

ここで債権をみんなが買えば、企業や政府が潤い、周り巡って不況が解決すると思うかもしれません。

しかし、不況下では利子率が高止まりして誰も債権を売りたがりません。

例えば、1000円の債権を利子率1%、つまり1000円貸して年に10円の配当があるときに買ったとしましょう。

ここで不況になり、利子率が10%になると配当が100円になります。

ここで債権を手放すと損することがわかります。

そのため誰も利子率が下がるまで債権を売ろうとしません。

つまり、このままでは利子率は高止まりし続けることになります。

それでは利子率を下げるためにはどうすればいいのでしょうか?

政府の役割

この状況で重要な役割を担うことになるのが政府です。

簡単に言えば、政府が金融市場の債権を大量に買うことで、大量のお金を供給し利子率を下げることができるのです。

この金融緩和政策をとれば理論上、完全雇用が達成されることになります。

しかし、利子率が一定まで下がると流動性選好によりまたお金の動きが停滞するため、政府が債権を売ったりするなどの操作が必要になります。

また、大恐慌時代では利子率を下げても投資できる僅かな体力も残っていないというのが現状なため、金融緩和政策だけでは十分でありません。

そこで必要となるのが政府のもう一つの役割である公共事業です。

政府が積極的に事業を起こし、雇用を創出することができれば失業問題は解決されます。

しかし、政府がなにかやろうとするとたいてい世論の反発をくらいます。

それもインフラがすでに整っている現代で税金を使って公共事業をやろうものなら無駄だと言われるのが関の山です。

しかし、働く意欲がある人を働かせずに人的資本を遊ばせておくほうが、よっぽど社会的に無駄だと思います。

それに、公共事業に使われた税金は賃金という形で家計に戻ってきます。

つまり、無駄と思われるような公共事業もマクロの視点から見れば、無駄ではないことがわかります。

モラル・サイエンス

ここまで読んで、ケインズの理論は大方理解できたと思います。

ケインズの理論は1960年台のケネディ、ジョンソン政権下で政策に取り入れられ失業率の低下と経済の発展に貢献しました。

しかしその後、有効需要を高めても失業率が低下しないといった事象が見られ、ケインズの理論は時代遅れと批判されることもありました。

もちろんケインズの理論が完璧とは思いませんし、時代の変化により時代遅れの理論となるのも時間の問題だと思います。

しかし、ケインズの重要な功績は経済活動を「神の見えざる手」から「人間の手」のもとに引き戻したことだと思います。

ケインズはこう主張しています。

「経済学は自然科学ではなくモラル・サイエンス、つまり哲学や歴史学と同じである。

経済とは人間の活動そのものであり、経済学者は机上の理論に固執することなく現実社会の実態を知るべきだ。」

ケインズの理論からは、「人間の活動によって引き起こされたものは人間の知性によって解決できる」という強いメッセージを感じます。

未だに不況や失業の問題は解決されていません。

また、格差も世界中で広がり続けるばかりです。

しかし、私達もまたケインズのように人間の知性を信じ、問題と向き合い続けることで明るい未来へ向けての道が拓けるのではないでしょうか。